「海外駐在にまったく興味がない」 と言っていた連れ合いと、昨年の9月だか10月に 「アメリカにいくかもしれない」 「あ~そう、行ったら、行ったで新しい経験ができて、面白いよ~」「うん」 という程度の軽い会話をして、11月に赴任が決まった時に私はどう考えたかと言うと・・・・ 「ああ、アメリカかあ。ついて行くかぁ。仕事の始末とかいろいろやることが満載だ。赴任までの5ヶ月(彼は2008年4月1日着任だったので)のタスクリスト作んないとな。」 というような新規プロジェクト立ち上げみたいなことしか浮かびませんでした。仕事も面白いし、今までにないくらい仕事上の人間関係も良好。これから大きなプロジェクトが稼動する矢先で面白くなる時期だったのですが、なんだか 淡々としていました。仕事に対して、とってもガツガツしていた(と私は思う)にも関わらずです。仕事よりも新しいチャレンジに心奪われたというか・・・・ 今でも 不思議だなあぁ と思います。
さて、会社はどうするか?辞めるのが一番手っ取り早いけど、私は辞めたくなかった。どこかに所属していたいという意識が働いたのだと思います。そこで会社に休職を申し入れました。連れ合いの赴任期間は3年なのでその期間の休職を申し入れたのですが、最初のうちは 「前例がない」 ということであっさり却下。退職して、また日本に帰ってきたら再就職したら?と言われました。そんな再就職制度、ないにもかかわらずだよ~(この時は、ちょっと酷いんじゃないの?と思って知り合いの弁護士に軽く相談したりもした) でも、 食い下がりましたよ~ 40歳台のおばさんが3年のブランクを経てから日本に帰っても、再就職できる可能性は低いですものね。今までの私の実績その他、モロモロうったえました。そして~社長!役員 ありがとうございます! 3年の休職を認めてもらったのです。決まったときは本当にうれしかったな。
休職期間中は厚生年金も健康保険も会社から抜けます。年金と保険についてはやり方が2つあって、① 旦那の扶養家族になる ② 自力で健康保険と年金に加入する の選択だったのですが、連れ合いに相談して ① の扶養家族に組み込んでもらいました。 休職とはいえ会社に所属しているので、扶養扱いになるのか良くわからず、保険事務所に行ったり 総務グループのお姉さまに相談して連れあいの会社向けに 「年金も保険も完全に所属している会社とは関係ありません。給与も払っていません。」の証明書類をもらったり。連れ合いの会社にお願いをするわけなので、自分で動けるのはそこまでで、後は連れ合いにお任せしなければならず、なかなか決まらず、渡米の日は近づいてくるし・・・・・ イライラしました。今回の話とは関係ないけど、年金の仕組み わかりにくいね。扶養家族は「第三号」というらしいです。年金の詳細は、必要であればお役所のHP見てね。
2008年の3月31日まで働いていたのですが、私が休職をして駐在妻になる話をすると 会社のオヤジ世代の人も若い人も、男の人は押しなべて同じことを言いました。「駐在妻になって、三食昼寝つきでアタマ ボケないようにしてください。」「気楽ですね」「アメリカでゴルフ三昧!」 バカかぁ~ 気楽じゃないぞ。と、かなりアタマきていたのですが、そんなことを言う人を相手にして脳細胞を破壊してもしょうがないので、黙っていました。でも、いい事を言ってくれる人もいたんですよ。駐在経験豊富 (アメリカ、香港、イギリスなどなど) で奥さんや家族がいろんな意味で大変だということを良く知っている人ですが。「いい大人だから、一人でやっていけると思って、誰にも頼らないでいこうと考えてるでしょ?ダメだよ~いろんな人と話をしてみて、混じってみないと。俺、イギリスに駐在してたときさ~息子(当時小学校低学年)に言われちゃったよ。『パパ、もっと いろんな人とお話して、お友達増やさないとダメだよ~』って。そうなんだよな~会社の人としか付き合ってなくて、輪が広がってないよな~ それに比べて息子は友達の友達とか いろんな子と交わってすごいな~人脈が・・・ って反省しちゃった。へへ。」
人付き合いがあまり得意ではない (とっつきにくい顔してるし) 私としては耳の痛いオコトバでしたが、こちらに来て このコトバ聞いておいて良かったな。と思うこと多々あります。これは相手が日本人であっても米人であっても同じ と思ってます。
2008-12-16
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